東洋医学の治療では、「気を補う(補)」、「気を抜く(瀉)」の手法を使って患者さんの状態を整えていく。
と言います。
……何それ?
どうやるのかな?と思って調べてみると
・鍼をゆっくり刺して、早く抜く。とか
・指すツボの場所が違うけど、補になるか瀉になるかは状態によって違う。とか
・弱刺激は補。強刺激は瀉。←一番マトモかも?
訳がわからん。
ちょっと仮説を考えてみます。
・東洋医学の考え方は、弱くなっているモノを強め、強すぎるモノを弱める。
つまり、「ちょうど良くする」という意味かな?
・これは僕の感想ですけど…
鍼だろうがマッサージだろうが、直接作用させられるのは、「緊張を弱める」という作用しかない。
↑ これについては、語れるときがあったら、後日語ります。
と言うことから、僕にわかる範囲で推理すると…
「ちょうど良い緊張状態に近づけるのが、補」
「ちょうど良いを通り越して、ユルユルにまで緩めちゃうのが、瀉」
と言うことにならないかな?
治療を学びたての頃は「痛い所を緩めりゃ楽になる!」と考えて、やり過ぎます。(瀉しかやってない)
↑これ、楽になる人は劇的に楽になります。その代わり、痛める人は劇的に痛めます。
「作用と副作用が強すぎる」のです。
(あ…東洋医学の副作用についても、僕なりの考えがあるのですが、また後日。)
「劇的に楽になる人がいる」
この誘惑に勝てる治療師は、なかなか少ないです。
だって、治してチヤホヤされたいもん!
患者さんに「先生、スゴイ!」とか「ゴッドハンドですね!」とか言われたいですもん(笑)
その影で、「あんなところには二度と行かない!」と怒ってる人もいると思います。二度と行かないから、治療師には分かりません。
…話が脱線した…
しかし、そのやり方を突き詰めていけばいくほど、副作用が無視できなくなってきます。
揉み返しとか、立てなくなっちゃったりとか…
数日後に、トンデモナイところに激痛を起こさせたりします。
僕もそんなことがあったなぁ~。反省してます。
そこから、如何に脱却するか。なんですけどね。
「なんか、やり過ぎなんと違う?」と思ってから、「補」が出来るようになっていけてると思ってます。
また、自分の体勢の「軸」がしっかりしてきて、かなり正確に膜の緊張具合が分かるようになってきた事も影響してると思います。
本当の「補」なのかどうかは分かりません。
だって、先人たちの説明が訳わからないんだもん。
逆に言うと、そのようにしか説明できないモノなんでしょうね。
「感覚を言葉で説明する」ような感じ。
それからは治療のための刺激のほとんどを「補」にして、症状を取るための刺激のみ「瀉」を使うようになりました。
けど、症状によっては「瀉」を使うと悪化してしまったり…
経験と勘が必要なところですね。
「東洋医学は経験医術」とは、よく言ったものだ…
「ちょうど良い」をどこに見定めるかが治療結果に影響してしまう。
治療法の研究で、西洋医学的な手法で東洋医学を扱っても上手く行かないのは当然のように思えます。
つれづれと、また、つまらぬモノを書いてしまった…
全国の治療師の皆さん、頑張りましょう!